何者になりたいのかは、明確ではないけれど、「書くことが好き」は間違いない。
誰にも迷惑をかけず、何かに左右されず、書きたいことを書く場所が必要だと考え、ブログを立ち上げることにした。
オンラインサロン内で、特定の、安全な環境で、ブログを書いてみて、書くことがなんと楽しいことかと知った。その一方で、誰にも読まれなければ、やはり書く意欲につながらないことも知った。
書きたいことを書けばいい。誰に読まれずとも、自分のカタルシスなのだから
と当初は思っていたけれど、
「誰か」を意識して、想いを綴る以上、やはり誰かに読んでほしい。
自分のブログを作ろうと思った背景に、来年度は「大学で文芸を学ぶ」という伏線もあったりする。
(有限不実行になっていたら、まぁそれはそれで忘れていただいて)
書き溜めることで、見える何かもあるのだろう。
毎日何かを書き続ければ、それが一つの卒業制作になるのでは?などと入学前から目論んでいたりする。思うのは自由だ。
昨日、その大学の来年度入学者に向けた一日体験講座があった。
これがえらく面白かった。
これまでに一度も、書くことについて学んだことがない。書くことに興味がある人と話したこともない。
小説家を書く人に向けて、というテーマではあったけれど
エッセイを書きたい私にも、いろいろと響くところがあった。
一番、残っているのは
「文芸とは、五感以外のものを表現する」
なんて格好いいんだ!文章ってそういうものなんだ!と納得~~~。
そして、勇気をもらったのは
「アンチコメントがあったとしても、どんなコメントも、感謝で受け止める。(誹謗中傷は違いますけどね)」
正直、自分の考えを世にさらすのは、恥ずかしさもあれば恐怖もある。
「それはちょっとちがうよね」と言われただけで、萎縮してしまい、次の声が出なくなる。特にすぐに傷つくガラスのハードの私は、つつかれただけで割れてしまう。
いろんな意見を伺えることは、ありがたいことだ。
目に触れて、興味を持って、読んでいただいたことが、何よりもありがたい。
さぁ勇気を出して、私の文章を世に送り出そう!
書くために大事ことは
「誰のために、何を、どんなふうに伝えるか」なのだそうで
そこは明確。私からみんなに伝えたいことは
自己肯定感が低く、空回りの多い人生だったけど、気が付けば人生を楽しく生きられるようになっていた。
変わりたいと思っているのに、まだ殻を破れずにもがいているかつての私に、今を必死に生きている同士に、私の経験や考えをシェアして、今よりもっと楽しい人生を送れるようになってほしい。
どなたかが質問で「コミュ障でも書くことに問題ないですか」「はい、関係ありません。書けます」もまた、勇気の出る言葉だ。
口では上手に伝えられないけれど、文章なら思いのたけを書ける。
私のできる方法で、やりたいことを実現する。
より自分の気持ちを的確に表現できるようになりたいものだ。
精進します。
キャラクター設定をするなら
43歳、働く母。
起きた瞬間から家事の段取りを考える。家の中でも早歩きで、朝の準備をし、子供を送りだし、自分も家を出る。仕事をして、帰宅してすぐに料理をする。特に美味しくもないけれど、家族のために栄養バランスだけは考えて。
家族が寝てから最低限の片づけをして、あぁもうこんな時間か、と眠りにつく。
仕事も家事もまじめに向き合い、家庭を守っている主婦。家族は、これと言って取り柄はないけれど、親バカとしてはかわいい娘と、世間では優しい旦那さんねと言われるこちらもまた自慢するほどでもない、飲んだビールの缶を朝までテーブルに放置する夫。
空いた時間で、子供の将来のためにと知育情報をこまめにチェックし、次々と試していく。学校でも、町内でも、目立たず迷惑かけず家族の平穏のために、献身的に働き、家族のために。が判断基準。
家庭円満で、お金に困って明日の生活が心配で、というほどの不安や不満があるわけでもなく、大きな変革を求めているわけでもない。でも常に「私が我慢すれば」「なんで私ばかり」と眠れない夜には、ネガティブな想いにさいなまれることも。でも、目が覚めると怒涛のスケジュールにまた押し流される。
若い時のようには体が動かなくなり老いを感じる。「この生活が続いて、このまま死んでいくのかな」と、ふとそんなことを思ったり。休日は遊びたいより、ゆっくりしたい。
ふとしたスキマ時間に、「なんか楽しいこと、ないかな。。。」思わず口にしていた。。。
そんなあなたに届けたい。
疲れきっていたかつての私に、届けたい。
オンラインサロン内でブログを書いて、好きな事を再確認出来た事は、人との新しい出会いと同じくらい素敵な事だよね。
自分の好きな事が増えるって楽しい物だし、それを続けられたら明日、明後日、1週間後、1ヶ月後、1年後には、どんな変化が待ってるんだろうね。
ここでブログを書き続けていれば、振り返った時にそこに何かしらの道があるのだろうなぁ。
大きな一年だったわ。いきなり扉が開いたような気分。自分で意図して着実に進んだというより、遊んでたらここまで来てたって感じかな。
でも、どこで書いてても、ete節というかなんというか、私が書いてるなぁと思う。いつかそれが原因で、飽きちゃうことがありそうだけど、その時はまた人とのつながりで、なにかのヒントを見つけられそうな気もするね。
みんなが、それぞれに楽しい毎日を送れますように。
私はねeteさんの文章が本当に好き
文章で自分を作り出すことももちろんできるのだろうけれど、やはりどこかにその人の人となりが表れると思っている
だから尚の事、eteさんの文章に居心地の良さ、優しさ、包容力、面白さを感じるの
ありがと。
その昔、書く文章は赤裸々だよね。と言われたことがある。私としては、そんなわがままなボディを晒すでもなく、私が書き落としているカケラは、せいぜい小指ほどなのに?と、思ったの。でも、その小指にさえ、ete節が凝縮してるんだろうな。
私の包容力でぶわーっお包み込むけど、ところどころ穴が空いているので、中から繕っておいてね。