パンドラの箱を解体してみる

友達が占いに行ってきた。心理カウンセリングのような深い良い占いだったよう。よく知っている(と思っている)友人の一面を、占いで切り取ってみると、知っているような知らなかったような。占いで読み解く彼女について、聞いてきた話をシェアしてもらいました。

その中で「もっと子どもと深い話をしたらいいよ」と言われたと言う。「でも、近い予定の話はしても、深い話ってしてきたかな。どうやってするんだろう。」って。

深い話か。なんだろうね。わたしも改めて考えてみた。

恋愛中、「私のこと、わかって!わかって!わかってよ。あなたのことも理解したいから、話して。なんで、話してくれないの?」と、暑苦しい女でした。楽しさ共有のためのテーマパーク行くより、話がしたい!そんな。。。ああ、いたい女。

恋愛に限らず、友達にも狭くて深い関係を望むほうでした。好きな物も嫌いな物、感じたことは全部言語化して表現したいし、それを誤解なく理解して欲しい。なんでみんなわかってくれないのよ。と、ずっと空回りの人生でした。うぅぅ、めんどくさいやつ。

理解してもらえないフラストレーションは、1人で部屋にこもって、ノートに日記を書き続けることでなんとか解消していました。もう1人の自分と対話しながら、何ページにも渡る独り言。↑↓こんな感じ?思っていることを、ひたすら書き出す。書き出す。書き散らかす。

そんなフラストレーションは、カラオケ行って発散したらいいんだって当時は知らなかった。モヤモヤをそのままに置いておけない。

そういえば中学校の先生に、「白と黒だけじゃなくグレーもあるんだよ。なんでも真正面から受け止めず、いなしなさいね。」と言われたなぁ。今思うとなんと的確でありがたい言葉だろう。が、しかし、真っ只中の思春期は、そんなにうまく理解できやしない。

当時は、全員がそうだと思ってたのよね。私ができることはみんなしてる。みんな、考えてるのになんで話してくれないんだろうって。

ただ楽しい、なんか嫌、なだけ。深い話をしてくれない人を前に、拒否されていると感じていたし、心の話をしてくれない相手や、私の心の奥に興味を持って聞いてくれない相手は、私のことを大事にしてくれていないのだと思えて、悲しくなっていました。

一方で、良い感情も悪い感情も深い話は、誰にでもするわけではなく、仲のいい人、心を許した人にだけ語る。それが会話だと思っているから、場を繋ぐその場しのぎの上辺の会話は、何を話していいかわからず盛り上がらない。そんな態度は、「あの子、人によって態度違うよね」「媚びてる」なんて言われたことも。あら、思春期の小説が1本書けそうね。

今はだいぶ大人ですからね。いろいろうまくやれるし、もう傷つくこともない。「はい。人を選んで話してますが、何か?」と普通に言えますけどね。

人間関係は、ほんとにしんどかった。人と分かり合えるとか無理。私のこと、わかってくれる人なんてどこにもいない。そんな感じでこじれにこじれて生きてきたから、思考の闇は奥深い。

パンドラの箱の中身を全部出して、ひっくり返して底から叩いて、ピンセットで隅をつついて、挙句に箱を解体するようなそんな作業。そんなことして、いったい何が出てくるねん。

手痛い経験を重ねて、考えぬいた挙句に納得して行動するのも、考えずに即行動しても、結果が同じことが多い。結局、直感がコスパがいいやん!という結論に辿り着いていたのだけどね。やはりどこかで、なぜその結論に至ったかの理由を、自分が腑に落ちるまで、考えているところがある。直感だったのに、理由をつけて納得するような。

ここにきて「考えすぎ」も、一つの特技かと思えるようになってきた。

eteさんの文章を読んでいると、頭の中でモヤモヤしてて、でも放置してたことが、整列してスッキリして腑に落ちるわ。と、言われたことがある。

考えすぎてきた人生も悪くないものね。

「深い話って何?」と、もしあなたも思っていたら、「なんで、それ?」「どうして、そう思ったの?」「で、どう感じた?」「どうだったら、よかったの?」とか、まずは自分の心を掘ってみるのもいいかもね。(掘れば掘るほど痛い自分が発掘される自己分析)で、「こんなんでました〜」と、相手に伝えてみてはどうでしょうか?

Follow me!

おすすめ記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP